やあ、よく来てくれたね。
残念だが、紅茶の葉を切らしているんだ。茶菓子も無い。なんの持て成しも出来ないが、まあ状況が状況だ、勘弁してくれ。
さて、せっかく来てくれたのだが、君に良くない話がある。
もう時期に『彼女』がここにくる。早く逃げた方が身のためだと思うよ。…もっとも、いまさらな話だがな。
君も不運だ。こんな老いぼれと人生の終末を過ごすことになるとはね。
…さて、せっかく訪ねてきたんだ。私に訊きたいことがあるんだろう?
なんなりと訊いてくれ。洗いざらい、私の知っていることを全部話そうじゃないか。
さあ、言ってくれ。
好音 -pion-
Written by Mana.
――今から七十年以上も前になる。
私は中国のとある家に生まれた。
歓迎は、されなかった。私の誕生を望んでいた人は、そこにはいなかったのだよ。
今でいう『ひとりっ子政策』というのは、聞いたことがあるだろう?
人口増加を抑制するために政府の考えた、苦肉の策だよ。
ひとつの夫婦間にこどもはひとりまで。もしふたり目を生んだ場合、国の一部の保証を受けられない他、罰則まで存在する。
確かにこの話なら、理論上は人口を増加を抑えることが可能だろう。
だが、何事にも過ちというものは存在する。避妊用具、などというものがまだ世間に浸透していなかった時代だからな。
それに宗教上の理由で、私の生まれた家は避妊、及び中絶を固く禁じていた。全ては神の思し召しだよ。
私は、ふたり目の子供だったのだ。
私がいることによって、家は膨大な被害を被ることになる。
かといって、追い出すわけにもいかず、ましてや殺すわけにもいかない。
だから、私の両親は、私を『社会的に抹殺』したのだよ。
両親は、私の出生登録をしなかった。
…当然、私には住民票というものは存在しなかった。いや、もしかしたら『人権』というものすら無かったのかもしれないな。本来はいないはずの人間だったのだから。
学校にも行けず、遊びに行くこともできず、飯も他の家族と比較して、極端に少なかった。
私はそんな環境で、厄介者として扱われながら育った。
だからだろうか?
私は文字を読むのが大変好きだった。
それは時には小説であり、新聞であり、漫画であった。兄の学校の教科書だったこともある。
私は独学で勉強し、知識を重ねた。子供心ながらに、それが唯一、私の人生の支えになると思ったからだ。
私がまだそんな子供だったころの記憶は、それくらいしかないよ。
十三になり、私は家を出た。
十歳からはじめた日雇いのバイト、その雇い主が、こんな私に職を与えてくれたのだ。
私に用意された職場は、なんと卓上での仕事だった。成人男性の七割以上が営業や土木作業員を勤めている中、このような恵まれた環境は、まさに奇跡といって良かった。
私はその恩を返すべく、日夜仕事に精を尽くした。
だがしかし、完全な実力制度、とは言っても、やはり幾分かは出身地や身分などで選考されるものだ。
当然というべきか、私はいつまでも、いわゆる「平社員」から上がれずにいた。
もっとも、それは苦ではなかったし、それなりに仕事にやりがいがあった。
不平をこぼすまでもなく、私は仕事を続けた。
二十歳になり、私にとって人生の転機が訪れた。
ある重大なプロジェクトが、大手会社と合同で行われることになった。
そのプロジェクトチームに、なんと私が抜擢されたのだ。
私に課せられた仕事は、書記。すなわちデータの管理だ。
千載一遇の大チャンスだ。私は私に出来うる限りのことをした。
――だが。結果は好ましいものではなかった。
はじめてみるスーパーコンピュータ。
交わされる専門用語の半分も聞き取れない。
そこは私にとっては異質な空間でしかなかった。
人間がコンピュータを管理するという事柄のひとつ上に、コンピュータが人間の管理をしているのさ。
私たちはコンピュータの一部品にしか過ぎない、というわけだ。
それでも私は、独学で得た知識を元に出来うる限りのことはした。
しかし、努力というのは必ず報われるものではない。ましてや、基準値に満たない一個人の力など。
…結局、私はプロジェクトチームから外されてしまった。
そしてそこでの芳しくない成績が上の方にも知られ、そのまま解雇処分となった。
私みたいな世間を知らない蛙は、井の中で一生暮らしていれば良かったのだ。
太陽は私には眩しすぎた。それでも、一度太陽の光を浴びてしまったものは、その光に惹かれてしまう。
私は、このような身分でありながら、世に出る日を夢見てしまった。
私の夢を後押ししてくれるかのように、もう一度チャンスが訪れた。
先の企業での友人――いや、私の実力を認めてくれた同僚、というべきか――が、新たな会社を発足するらしい。
そこでその同僚は、私に補佐役を願い出てきた。
仕事内容は、大手会社より注文された部品の発注、及びそのデータ管理だ。
私はよほどコンピュータと縁があるらしい。正直なところ断ろうかとも考えたが、他に食い扶ちの当てがあるわけでもなかったので、しぶしぶ承諾した。
仕事は、思うほど苦ではなかった。
なぜならそこには、先の企業と違い、人のぬくもりというものがあった。
人は語り、時には罵り合い、そしてまた何事もなかったかのように語り合っていた。
中には言葉の通じない者、地方からの出稼ぎできた者もいたが、皆まるで家族のように話しあった。
製造部品の種類を限定する代わりにその基本水準を高めたのが好を相し、大手会社の信頼を得ることに成功し、会社の運営は軌道に乗り始めた。
ちょうどその頃、私には密かに思いを寄せる相手がいた。
詳しいことは、照れくさいので云わないが、私たちはめでたく結婚する運びとなった。
それから一年後、子供が生まれた。玉のように可愛い女の子だ。
私たちはその子に『好音(パイオン)』と名前をつけ、それはもう可愛がった。
いつまでも、その幸せは続くと信じていた。
だが、それはある日、突然崩れ落ちていった…。
我が国、中国に戦争の火がついた。
そこで私たちは、兵器の製造に着手した。
戦争は国と国で勝手にやってくれればいい。私たちは甘い蜜を吸おう。そんな考えは、今になって思えばかなり不純なものだろう。
しかし、当時はそれが当たり前だったように思える。
食糧難に突け込んで行われた闇市や、闇米の取引。
義勇兵たちは国に忠誠を誓うものこそいたが、中には敵国市街地での戦闘の時にのみ参戦し、金銭をふんだくったやつもいる。
皆が皆、自分だけが損をしないように取り繕うので精一杯だった。
私たちは、対人戦用の兵器の開発を主に作業を続けた。
そして考え出されたのが、人型ロボット。設計図を書いたのは、私だ。
まさかこのようなものまで作らされるとは思わなかったが、成功すればそれはきっと素晴らしい成果をあげることになるだろう。
それに様々な分野への応用も可能だ。その市場効果は計り知れない。
私は寝る間も惜しんで仕事に着手した。
好音が亡くなった。
…そんな知らせを聞いたのは、終戦後のことだった。
戦争は、私たちの国の勝利に終わった。それは私たちの開発した四足歩行型ロボのおかげだったと言ってもいい。
機械に感情はない。足を撃ち抜かれその場でもがきながら必死に命乞いをする兵士すら、なんの躊躇も見せず撃ち殺すことができる。
機械は正確だ。数百メートル離れた兵士を撃ち抜くことなど造作もない。
自国勝利という朗報に、人々は歓喜した。
しかし、敵国に空爆を受けた私たちの村は、町の賑わいとは無縁の地だった。
逃げ遅れた好音は、家の下敷きとなり死んでしまったという。
私は戦争を憎むようになった。
私は研究所から全てのデータを持ち去り、それを抹消し、行方をくらませた。
しかし…どこから情報がもれたのだろう?
私はすぐに捕らえられ、刑務所の中に放りこまれた。
当然だろう。私は国の夢を、希望を抹消したのだから。
それから、何年間だっただろう。
刑務所から出ることができたのはすぐだったが、自由は束縛されたままだった。
街から離れた場所にポツリと建てられた、政府機関の息のかかった研究室で、私は自分の意思とは無関係に無償労働を課せられた。
毎月ある程度の成果を遂げなければ、一生独房のままで過ごすことになるという。
私は自分の娘を殺した、あれほど憎んでいたはずの戦争の手助けをしなくてはならなくなった。
私は、自分の娘を殺した所業の技術活性化を生業として、空白の数十年を過ごした。
そして、私が生きてきた中で、二度目の戦争が起きた。
私たちの行いは全て相手国に筒抜けだったらしい。
私たちの研究所を目掛けて大量の投下型爆弾を積んだ戦闘機が飛んでくるのを、私は上部にレポートを提出する際に、階段の踊り場に備え付けられた窓から眺めることになった。
私は直感で、敵が攻め込んできたのだと分かった。そして思うが早いか、私はレポートをその場に投げ捨て、外に通じる扉へと急いだ。
爆音が辺りに響き、警備員は慌てふためき、扉を開き外の様子を確認した。そして敵国の戦闘機が頭上を飛んでいるのを見ると、顔面蒼白し、腰を抜かしていた。
私はその警備員に見つからないようにそこから脱出し、年老いた身体に鞭を打って、出来うる限りその場から離れた。
そして岩山に身を潜めた瞬間、さっきまで私のいた研究室は、あっという間に大火に包まれた。
ふと空を見上げると、戦闘機の一群は編隊を成し、街の方へと向かっていた。
私は…今の私には、何も出来なかった。
ただ、まるで全てを焼き尽くすかのように燃え上がる火を見つめることしか出来なかった。
幸い、研究室の地下へと通ずる穴は塞がれてはいなかったので、私はそこで水と食料を確保し、しばらくの間生き長らえた。
その間、二ヶ月と十日余り。私は平静さを保つために、日記をつけることにした。
例え記すことが何もなくとも、私は一日一日を詳細に、残された紙とペンに書き留めた。
そして紙が無くなり…私は、ようやくこの地下室を出る決心をつけた。
街に戻ると、そこは悲惨としか言い様がなかった。
焼け果てた建物の中では、女がひとり、幼子を抱いたまま息を引き取っていた。
それはガラスの割れた窓から簡単に覗き見ることができるはずなのに、残された住人は誰ひとりとして、彼女とその子供を弔ってやることはしなかった。
道端には、建物の壁に沿うように、老いた者や、女や、子供らがまるで死んだ魚のような目で宙を見ていた。
私はそんな者たちを尻目に、私と、私の妻が住んでいたアパートへと向かった。
私たちが住んでいたアパートは、見た目こそ古びたそれだったが、どこか清潔感のある、管理が行き届いた建物だった。
しかしそこに建っていたのは、その半分を失い、今にも崩れそうな、どこか名残を漂わせる建物でしかなかった。
階段を上り、部屋の前に立ち…扉は、開け放たれていた。
妻は逃げるのに必死で、扉を閉める余裕なんてなかったのだろう。
…そんな憶測は、私が部屋に入った瞬間に、消え失せた。
生臭い、むせ返るような血の匂い。
部屋を覗き込むと、まるで糸が切れた人形のように横たわる人影。
それは、機関銃のような物で足や腹を打ち抜かれ、あお向けに倒れている私の妻の姿だった。
その妻の表情を見た瞬間、私は一瞬気が遠くなり、後ずさり、ドサリと椅子に身体を預けた。
その時、テーブルに放り投げられた数枚の紙に、私は目を奪われた。
妻のたどたどしい筆跡で書かれたその紙。まるで私が平静さを保つために日記をつけたように、妻もまた、日記をつけていた。
そこに書き添えられた文章は、私の乾いた涙腺を再び沸き起こすのに充分過ぎる程だった。
妻は、待っていてくれたのだ。
戦争が始まり、街が空襲に晒されようとも。
ただひたすら、私を待っていてくれたのだ。
日記は、空襲が始まった日から、なんと昨日まで続いていた。
そして、日記の最後には、逢いたい、とだけ綴られていた。
そんな日々募る思いを、妻は日記に書き留め、ただひたすら私の帰りを待っていたのだ。
その時、玄関の方で物音が聞こえた。
「やあ、よく来てくれたね」
そこに立っていたのは、スーツを身にまとい、胸にバッチを光らせた三人の男だった。
私はそこに立っていたのが『彼女』ではないことに胸を撫で下ろし、そしてその男たちを歓迎するように、男たちに向けて両手を広げた。
「残念だが、紅茶の葉を切らしているんだ。茶菓子も無い。なんの持て成しも出来ないが、まあ状況が状況だ、勘弁してくれ」
彼らに部屋を見渡してみろという風にジェスチャーをする。
しかし、彼らのサングランスに隠された、その素顔を伺いしることはできない。
「さて、せっかく来てくれたのだが、君に良くない話がある。もう時期に『彼女』がここにくる。早く逃げた方が身のためだと思うよ。…もっとも、いまさらな話だがな」
彼らのうち中央に立っていた男が、スーツの内ポケットから手帳のような物を取り出した。
そこには、よく見知ったマークが縫い付けられていた。ああ、そうだ。ロボットの製図を全て抹消し逃げ隠れていた私を捕らえた男が、同じようなマークの手帳を持っていた。
「君も不運だ。こんな老いぼれと人生の終末を過ごすことになるとはね」
男は手帳を私の方に突き出し、そして私の耳に届かない言葉で、何かを喋り始めた。
「…さて、せっかく訪ねてきたんだ。私に訊きたいことがあるんだろう?」
私は、彼らに一歩歩み寄る。
すると両脇に立っていた男たちは咄嗟に内ポケットに手を入れ、次の瞬間、私に銃口を向けた。
そしてまた、彼らは私の耳に届かない言葉で喋り始める。
「なんなりと訊いてくれ。洗いざらい、私の知っていることを全部話そうじゃないか」
…もう一歩。
男たちがハンマーを起こす。
「さあ、言ってくれ」
そしてもう一歩。
私の目には、銃が火を吹いたように見えた。
私はその場にうずくまり、一瞬、何が起こったのか分からなかった。
しかし私の胸から血が溢れているのが分かり、ああ、撃たれたのだ、と客観的だが思った。
そんな私の耳に、空気も張り避けんばかりの轟音が鳴り響いた。
私が顔をあげると、入り口に立っていた彼らが出来そこないのダンスを踊っている姿が目に映った。
男の腹から飛び散る血しぶきが、彼らのフィナーレを祝っているように見えた。
やがて、男たちが無様なダンスを終えその場に倒れこむと、そこにはひとりの…いや、一体のロボットが佇んでいた。
その股間に備え付けられた機関銃からは、その役目を果たし終えたかのように、一筋の煙を立ち昇らせていた。
私を優しく見下ろす笑顔。
…やはり、彼女だったか。
私は…その時、どんな表情をしていただろうか。
このロボットの…いや、彼女の姿には見覚えがあった。
私が設計図を書いたのだから。
「……」
彼女が私に、股間に備え付けられた機銃を向ける。
これが、私の業なのだろう。
私は今まで、人殺しをするための道具を作ってきた。
例えそれが私の意思に関係なくとも、作ったのは私だ。言い逃れはできないし、する気もない。
私はゆっくりと目を閉じた。
ふと、私の脳裏に、彼女のことが思い浮かんだ。
彼女は、戦争のために作ったロボットではない。
これからの平和を願うために作られたロボットなのだ。
我が娘、好音は笑顔のたえない子どもだった。
私はそんな好音のために、笑顔の似合うロボットを作ったといっても過言ではない。
しかし…これは、どういうことだろう。
政府の人間により手の加えられた彼女には、女にあるまじき部分が備え付けられた。
私はそれに激怒し、殴りかかり、謹慎処分を食らったこともある。
しかしそれでも…彼女から、股間に備えられたキャノンは消えることがなかった。
私は親でありながら、自分の娘を守ってやることすらできなかったのだ。
私は、泣いていた。
泣きながらも、私は彼女を見上げ、その姿を忘れないでおこうと心に誓った。
彼女は、彼女なのだから。
「…すまなかった。お前には、不憫な思いをさせてしまい…」
口から血が溢れ、言葉が妨げられる。
彼女は笑顔で私を見下ろしていた。その姿は、私の話に耳を傾けてくれているように思えた。
「…さあ、撃ってくれ。妻を殺したように、私を撃ち抜いてくれ」
……。
「…さあ」
そして、
どうして彼女が私達の街を襲ったのだろう?
情報が外部に漏れ、敵国に渡ったからだろうか?
そう考えるのが一番妥当だろう。
しかし、そんな事はどうでも良い。
ただ、私は最後の彼女の姿が、頭から離れなかった。
彼女の背中の下部に打ち込まれた文字。
『Pioneer』
パイオニア。
…我が娘の名前と酷似しているのは、果たして、偶然だろうか。
それとも……?
私は妻を抱き締めながら、娘と草原を歩む夢を見た。
それが、私に残された最後の安らぎのひとときだったのかもしれない。
意識が、薄れてゆく…。
end.
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