たまごっち
あれは、いつだっただろう。
確か、10才の誕生日の…。
…そうだ、夏休みのことだ。
誕生日のプレゼントに、ボクは前々から欲しかったある物を貰った。
それは、たまごっち。しかも貴重な白色のもの。
どこにも売っていなかったけど、パパが偶然見つけたと言って買ってきてくれた。
でも、ボクは知ってる。それは偶然見つけたんじゃなくて、ボクのために探してくれていたことを。
ボクはありがとうとパパに言って、心の中でもう一度、アリガトウって言った。
夏休みの終わりごろから、ボクはたまごっちを育て始めた。
たまごから孵った時はまだ小さくて、なにかとボクがしてあげなくてはいけなかった。
すぐにお腹が空くから、ご飯をあげなくてはいけない。
太るといけないので、遊んであげなくてはいけない。
それでも…かわいいから。
たまごっちが少し大きくなった時、夏休みが終わり、二学期が始まった。
学校行くときにママにあずけていて、家に帰ってくるとたまごっちが太ってた、なんてことがあった。
ママがおかしをあげすぎたせいだ。ボクにはくれないのに。
次の日、ボクはたまごっちをこっそりズボンのポケットに入れて、学校に持っていくことにした。
おもちゃやゲームは持っていっちゃダメだけど、これはペットだからいいよね…?
でも、バレないように、友達に教えてもらった方法で音は消しておいた。
授業中でも、ボクはたまごっちに夢中。
先生に見つからないように本を机に立てて、こっそりたまごっちと遊ぶ。
他の子に見つかると騒がれるかもしれないので、横からの目も気をつけないといけない。
ボクがたまごっちを守ってみせる。
学校からの帰り道。
最初の話から変わりに変わって、たまごっちの話。
みんなには、ボクがたまごっちを買ったって話はもうしている。けれど、見せたことはまだない。
今日もまた見せてよって言われて、僕は笑みを浮かべた。
実は持ってきてたんだ、とポケットからたまごっちを出す。
みんなの驚く声。視線がボクの手のひらの上に集中する。
ちょっと貸して、と声がかかる。
ひとつの声はふたつに、みっつに膨れ上がる。
知らない子も、いつのまにか輪の中に混ざっていたようだ。
誰かが手を伸ばし、ボクのたまごっちを掴もうとする。
ボクは咄嗟に手を引く。
なんだよ。見せてくれたっていいだろう。
見せるだけならいいよ。
貸して。やらせて。えさあげたい。
ボクのたまごっちだよ。
みんながみんな口々に言う。ボクはそれに答える。
……犬を飼ってる人なら分かると思う。
自分の犬の頭を撫でられるのはいいけど、おもちゃにされるのはイヤな気分がする。
ボクがちょうどそんな感じだった。
それでも誰かの手がボクのたまごっちを奪おうとする。
慌ててその手から逃れると、また誰かの手が追い掛けてくる。
その時、ボクはもうひとつ手があったことに気づかずに、たまごっちをつかんで上にあげてしまった。
ドンッ
腕が当たり、手からたまごっちが離れる。
全員の視線がたまごっちに集まる。
たまごっちは山なりに空を飛んで――。
なんだかスローモーションを見ているような気分になったのを覚えている。
ポチャン
ボクたちが見ている前で、たまごっちは音を立てて田んぼに飲み込まれた。
ボクは泣きながら家に着いた。
ママがどうしたのと心配そうな顔で聞いてきたけど、何でもないって言って、自分の部屋に閉じこもった。
泥のついたたまごっちをハンカチで拭う。
画面のところに水が入っていなかったのが不幸中の幸い。見た目はずいぶんときれいになった。
だけど――ううん、まだ治るかもしれない。
ボクはパパの道具箱から小さなプラスドライバーを取り出して、たまごっちの後ろのカバーを開けた。
中は、落としたときに水が入ってしまったらしく、ところどころに水の玉がついていた。
ボクはテッシュを被せるようにして水を吸い取り、ドライヤーを使って完全に乾かした。
これで大丈夫。これで治ってる。
ボクはフタを閉めて、おそるおそるボタン電池を入れた。
たまごっちは――。
――生き返らなかった。
晩ご飯を食べても、お風呂に入っても、全然気が晴れない。
部屋に戻り、宿題もほったらかしのままベッドに倒れこむ。
顔を上げて、机の上のたまごっちに目をむける。
昨日の今日まで、たまごっちは元気だった。
食べたら食べただけ太るので、僕はずっと遊んであげた。
ボクがおやつを食べる時、たまごっちにもおやつをあげた。
今日まで、さっきまで、元気だったのに…。
…涙が溢れた。
ごめんね、ごめん。
ボクがみんなに見せびらかせたりするから。
ううん、学校に持っていかなかったら…。
こんなことになるなんて、思ってなかったんだよ。
ごめん。ごめん…。
布団にもぐって、目を閉じる。
今日が夢だったらいいのに。
そんなことを思いながら。涙を流しながら。
…その時だった。
ピーーー…
…あれは、いつだっただろう。
誕生日の、そう、夏休みの日のこと…。
あの日部屋に響き渡った、大きくて高い音。
電池を入れて紙ヒモを抜取った時の、生まれた瞬間の鳴き声。
それが今、また、この場所で…。
ピーッ ピーッ ピーッ
ああ、ご飯をほしがってる。
早くあげないと。
小さいころは、すぐにお腹が空くんだよね。
ピーッ ピーッ ピーッ
今度は、遊んでほしいのかな。
一緒に遊ぼう。
まだ子どもなんだから、遊んでも遊び足りないんだよね。
そうやって、キミはボクを困らせるんだ。
ボクの用事などお構いなしに。
ボクの今の気持ちなんて考えもせずに。
…でも、いいよ。
…許してあげる。
ボクはベッドから起き上がって、机の上で鳴き声をあげているたまごっちを手に取った。
新しい命。生まれ変わったキミ。
田んぼに落としちゃってごめんね。今度からは絶対に気をつけるから。
ママに見つかると早く寝なさいって怒られるから、布団の中でこっそりたまごっちと遊ぶことにする。
どんどん溢れ出してくる涙を、ボクはまだこらえられずにいる。
fin.
Written by 山本 学
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